陽だまりの林檎姫
「ありがとう。」

「いいえ。」

「見っともない所を見せてしまった。」

キリュウの言葉に栢木は首を横に振る。

「長く生きられないと分かってからね…自分の価値が見付けられなくなったんだよ。何をすれば父に貢献できるのか、望むことは全てやろうと…自分という人間が生きていたことを覚えていてもらいたくてね…無我夢中だった。」

「それで私を?」

「早く孫の顔が見たいと言っていてね。栢木家に負けたくないというのが父の執念でもあったから、アンナちゃんにダグラス家へ来てもらえば全てうまくいくと思ったんだ。」

確かにそうだと呆れた栢木は言葉も無く首を横に振った。

「ねえ、アンナちゃん。もう一度聞くよ。」

キリュウに声をかけられても栢木は表情で何かと問うだけで声には出さない。

「ダグラス家においで。僕と結婚しよう。」

何の飾りも無い純粋な言葉が栢木の中に入ってくる。

キリュウの目がまっすぐに栢木を射抜く、その色は遠い記憶で見たきりだった輝きを持っていた。

彼の中で一体何の変化があったのだろうか。

少なくとも憑りつかれたものから解き放たれたような表情に少し面食らったのは確かだ。

それと同時に栢木はキリュウに向けて笑みを浮かべた。

「お断り致します。」

頭も下げずにまっすぐ視線を合わせた返した答えはどう響いたのだろうか。

何度目かの笑い声を漏らすとキリュウは首を何度も横に振ってため息を吐いた。

「ははは。ここまでフラれ続けると逆に気持ちがいいかな。」

独り言なのかそうでないのかは分からない。

丸める様に呟かれた言葉は気持ちを処理したくて吐き出したようにも感じられた。

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