陽だまりの林檎姫
ゆっくりしている時間などないのだが、料理長の腕の良さに時間を忘れさせられそうになった。

「おはよう、栢木。」

「おはよ、マリー。」

ご機嫌な気持ちに比例して声に張りが出てくるのは仕方がない。

栢木のご機嫌な様子に驚いたようだが、マリーは嬉しそうに微笑んで近付いてきた。

「北都様、もうすぐ珈琲が運ばれるわよ?」

そう言ってマリーはウィンクをしてみせる。

主人の食事が終りかけているという知らせに今度は栢木が目を大きくした。

「本当!?ありがと、マリー!」

勢い良く口の中に食べ物を突っ込んで水で豪快に流し込む。

せっかく予定を知らせてもらえたのに出遅れるなんてありえない。

食べ終えた食器を手にするとマリーに手を振って栢木は北都の下へ急いだ。

扉を開ければちょうど北都はカップを置いて立ち上がる瞬間だったようで、栢木に気付いて顔を向ける。

なんとか間に合った。

「お済みですか?」

自然な笑顔を心がけるが、どうも自分の中の違和感は否めない。

緊張と期待が織り交じってどんな顔をしていいのか分からなかったのだ。

そんな栢木とは違い、いつも通り北都は感情の見えない表情で口を開いた。

「準備は出来てるのか?」

上着に袖を通しながら栢木の下へ歩いて来る。

扉への道を空けるように一歩脇に寄ると栢木は通り過ぎる北都に続いて歩き始めた。

「はい。今日はどちらへ?」

「隣町に行く。」

北都の言葉に周りは忙しく動き始める。

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