陽だまりの林檎姫
馬車の準備は既に整い、本当にこのまま出かけるのだと栢木は不思議に思った。

北都の見送りの為、玄関先に集まってくる使用人がズラリと列をなす。

仲間たちの仕事の早さに毎回驚かされる瞬間だった。

「いってらっしゃいませ。」

「いってらっしゃいませ。」

丁寧で落ち着いた声が幾重にも重なり北都を送り出す。

屋敷の主人は堂々とした姿勢で馬車に乗り込み、栢木も後を追って扉は閉じた。

馬車の動きだす音が朝の屋敷に響いていく。

北都の顔を見るのは久しぶりだ、こうして向き合って馬車に乗るのもかなり久しぶりな感じがする。

北都の香りがするこの空間に懐かしさを覚えて嬉しくなった。

かつての日常が戻ってきた感覚がたまらなく嬉しい。

いや、行き道から同乗することはかなり珍しいから日常とは少し違うか。

そんな事を考えていると浮かれた気分を鎮める疑問が浮かんだ。

「北都さん、隣町へは何をしに行くんですか?」

ゆったりとした馬車の中で改めて今日の行先を問いかける。

すぐに答えが返ってくるのかと思いきや北都の視線は一度宙に逃がされた。

「買い物、だな。」

言葉を探しながら答える姿も珍しい。

居心地が悪くなったのかまたまた珍しく北都は一度腰を上げて座り直したのだ。

少し覚えた違和感と共に膨らんだ疑問を投げかけた。

「買い物と言いますと…薬草か何かでしょうか。」

「いや。」

答えの不透明さに栢木の首は傾げ、北都は初めて栢木の方を見て小さく否定した。

そして当然のように口を開いたのだ。

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