陽だまりの林檎姫
「お前の服だ。」

一瞬、言葉が見つからず栢木は目を大きく開いて瞬きを重ねた。

「…はい?」

何も考えずに疑問を含んだ言葉が反射的に出てしまう。

栢木の反応が気に入らなかったのか、北都は眉間に皺を寄せて口を閉ざしてしまった。

それはいつもどおりと言えば、いつもどおりの北都なのだけれど。

「えっ?私!?」

まだ状況を把握できない栢木は、自分を指して北都に確認を求めた。

ついに北都は頬杖をついて窓の外へと意識を逃がしてしまう。

ため息もばっちりだ。

「わ、私、持ち合わせが…っ。」

「俺から贈る。」

「えっ!?でも…。」

「今夜、相麻製薬と関わりの深い貴族や企業との夜会がある。社長からの誘いで参加する事になった。」

面倒くさいのかため息混じりに始まった話に栢木は冷静さを取り戻した。

さらりと話されただけの情報しかないが、それは結構な規模の行事だということは分かる。

そして頭の中で話が繋がった。

「そこに行っても恥ずかしくないような格好、ということですか。」

改めて今日の自分の格好を確認し、頭の中でまとまった答えを口にしてみる。

当たりなのか北都は微かに口角を上げて反応した。

つまりは今のような安物スーツ姿では似付かわしくないという事だろう。

給料をかき集めて買ったお気に入りのスーツであるとはいえ社交場は言わば品定めをする場所、傍にいる栢木にもそれなりの品が求められる。

残念ながらその場に相応しい服も雰囲気も今の栢木は持ち合わせてはいない、それは本人が一番納得している。

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