陽だまりの林檎姫
朝食をとる北都の下へ一日の始まりの挨拶をしようと訪れるなり珍しく北都から言葉をかけられたのだ。

本社へ行ってきてくれ、その言葉を受けて思わず固まってしまったのだがそれが相麻製薬の本社の事だと理解して栢木は目を輝かせる。

「わ…私に仰ってますか?」

その先何を言われるのか全く想像が出来ず、期待の反面何故か緊張して次の言葉を待った。

既に食後の珈琲になっていた北都はゆっくり口に含みながら新聞を広げて寛いでいたところだ。

カップを戻すその仕草を黙って見守って次の言葉を待った。

「書類が届いている筈だ。取ってきてくれ。」

「えっ!?」

思わず声が裏返ってしまい慌てて両手で口元を隠す。

怪訝な表情でにらむ北都に会釈をすると動揺しながらも背筋を伸ばした。

思いがけない言葉に目を丸くしたが、あとになって染みてくる物に栢木の顔がゆるんだ。

北都が栢木と目を合わせた、それだけでも珍しいのに頼み事をしてきたなんて。

栢木に頼み事なんて初めてのことなのだ。

信じられない気持ちと、ようやく来たという手ごたえが交錯しながら栢木の時間を動かしていく。

「はい。」

とりあえず返事だけしていた。

北都の目がまっすぐ過ぎて思考が混乱する。

続けてこんなに言葉を聞いたのも初めてだ、しかも確実に栢木へ放った言葉なのだ。

少しずつ湧いてくる実感に気持ちが昂り始め手に力が入っていった。

嬉しい、踊り出しそうな気持ちを堪えて手が何度も上下に振れる。

「はい!急ぎですね!?北都さん!」

やる気満々な笑顔の栢木に対して北都の顔が一瞬歪んだ。

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