陽だまりの林檎姫
目を輝かせながら店内を見回す栢木はもう夢心地だ。

「いらっしゃいませ。」

落ち着いた声の女性店員が北都に近付いてくる。2人の様子を見て、北都に商談をするのが正解だと読んだらしい。

「連れのスーツを見立ててくれないか?」

短く用件を話すと北都は腕を組んだ。

店員はすぐに栢木に近付き好みを探り入れ始める。頬を赤らめながら嬉しそうに答える栢木を目を細めて見ていた。

「どんな高い店に連れていかれるのかと思いきや。」

ため息交じりに呟かれた言葉は誰にも拾われない。

貴族である栢木の選ぶ店とはどんな高級店かと身構えていたが、ここに来ても庶民的な感覚に苦笑いが止まらなかった。

栢木伯爵家はそこまで小さい家柄ではないと聞いていたのだが。

「お客さま、どうぞこちらへ。」

1人佇む北都に声がかかり、待合用のテーブルに案内され珈琲を出された。

思わぬサービスに感心しながらカップを手に取り一息つかせてもらう。

そしてため息を吐いた。

ふと、頭に過る事がある。

何故こんな事をしているのだろうと自分に対しぼんやり思った。

考えに考えて決めたこととはいえ深い自分の意識の中へ落ちていくのを感じる。カップの中で揺れる珈琲をきっかけに、北都は潜り込んでしまった。

混沌へと向かう道に枝分かれなどない。

抜け切らない疲れも伴って北都は思いつめた様に厳しい表情に変わっていった。

自分で決めたことなのだ。

前を向いて歩いていくために、自分だけの為じゃない選択をしたつもりなのだ。
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