陽だまりの林檎姫
店員は北都の態度に不安を感じたようだが、栢木にとっては見慣れた対応で何の申し分もないという意味をちゃんと感じ取っていた。

だからこそ笑顔で言えたのだ。

「ありがとうございます!」

まるで子供のように無邪気に笑う姿に、不本意にも北都は目を奪われてしまった。

バツが悪そうに顔を背け、背けたついでに会計を済ますと新しいスーツを着たまま2人は店を後にする。

そのまま表に停めてある馬車に乗り込むのかと思いきや、荷物だけを押し込み、北都は違う方向に歩きだした。

「北都さん?」

当然、栢木から疑問符が飛ぶが北都は構わずに歩き続ける。

首を傾げながらも仕方なく栢木は先を歩く北都の後を追った。

栢木が近付いた音で北都は足を止める。

「悪い、忘れていた。」

そう言うと振り向いて栢木を迎えた。

「今日は栢木が主役だったな。」

その言葉はいったいどんな感情で口にしているのだろう。

変わらない無表情でも栢木の心は一気に上昇し顔が赤くなってしまった。

北都は栢木が横に来るまで歩きださないつもりだ。それが分かってしまうと足を一歩踏み出すのにも緊張してしまう。

一歩一歩進んで2人が横に並んだ瞬間、北都が優しく微笑んだように見えた。

「行くか。」

「は…い。」

北都の言葉に反射的に顔が赤く反応してしまう。

少し前を歩く北都に自然と体がついていき、不思議と景色が淡く見えた。

舞い上がってるのだと栢木自身も分かっている。

しかし少し歩く度に視線を向けてこちらを気にしてくれる、そんな甘く優しい空気に酔うなという方が難しいのだ。
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