陽だまりの林檎姫
「慣れてるとでも思ったのか?」

「いえ。」

それは頭に無かった考えだけにすぐに否定する。

栢木の中で気になったのは店員の言葉だった。

男性にドレスを用意してもらえるなんて特別な女性だという証ですね。

そんなことを言われたものだから意識してしまうのだ。

素敵な夜になるかもしれませんね。

そう耳元で囁いた女性の意味深な笑顔の意味もすぐに気付いた。

ドレスを用意した。夜会。特別な関係。

妄想が一気に膨らんで栢木の平常心を揺さぶってくる。

「堂々としてろ。次から次へと声がかかるぞ。」

会場の入り口に差し掛かった辺りで北都が声を潜めて促した。

そうだった、ここはもう社交の場なのだ。

獲物を狙う野生獣のような鋭い目がどこかしここら光っている戦いの場。

栢木の仕事はボディガード、主人である北都を守るのが役目なのだ。

「ええ。お任せください。」

久しぶりの空気に触れて栢木の中の余所行きスイッチが自然と入ったらしい。

変わった声色口調に目を丸くすると、満足そうに北都は口角を上げる。

北都が差し出した腕に手をかけると2人は堂々と会場へ足を踏み入れた。

彼の言葉通り、北都を見付けた人物が素早く声をかけてくる。

「相麻先生じゃないですか。」

最初に声をかけてきたのは北都と変わらないくらい若い男性だった。

鼻筋が通った美しい顔の青年は瞳に怪しい光を宿している。

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