陽だまりの林檎姫
自己愛が強い人によくあるフェロモンというものだろうか。

「ミリアム伯爵、お久しぶりです。」

彼のフェロモン放出範囲内に入っても北都の反応は実に清々しいものだった。

それどころか見たこともない程に爽やかな笑みを浮かべて握手を交わしている。

笑顔を見せることなど滅多にない北都の貴重な姿、これが外面というやつかと栢木は現状を噛み締めた。

声も余所行きの張りがある物だ。

「本当に久しぶりだ。」

北都に応えて伯爵も爽やかに笑う。そして当たり前のように北都の隣にいる栢木に自然と目がいった。

「お連れがいるとは珍しい…そちらの女性を紹介して頂けますか?」

伯爵の願いに一瞬戸惑った栢木は笑みを崩さずバレない程度に目を動かして北都の様子を窺う。

本当の髪色で、しかもスーツではなくドレス姿の状態で横にいる女性をどう説明するのだろうか。

しかし栢木の心配も必要なく、北都は当然のように笑みを浮かべたまま振る舞った。

「私の傍を任せている栢木です。」

体を僅かにずらして栢木の方を手で指しながら答える様は見事なものだ。

そんなポジションで紹介するのかと思わず視線を逸らして目を見開きたくなるがそれも我慢だ。

栢木の中でコンマ1秒での盛り上がりを見せた方便は北都の横顔で一気に冷静なものとなった。

成程、そのつもりで振る舞えということであれば任せてもらいたい。

北都の言葉で覚悟を決めた栢木は背筋を伸ばし微笑んでみせた。

「栢木アンナと申します。」

いつもよりも丁寧に、落ち着きを持って口を開きゆっくりと名乗る。

「ダッド・ミリアムです。こんなに美しい人は見たことがない。お会いできて光栄だ。」

口が巧いのは場慣れしているからと分かっていても、やっぱり褒められると気持ちがいいものだった。

手の甲へのキスを受けて栢木は穏やかに目を細める。

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