陽だまりの林檎姫
多少の懐かしさを感じつつ忙しくも刺激的な時間を重ね、この場の雰囲気にすっかり慣れた栢木は改めて周りの様子を伺った。

「色んな人がいますね。老若男女、上流階級や著名人ばかり。」

地域が違えばこうも雰囲気が変わるものだとただただ感心する。

栢木の居た地域よりも華美な風習があるようだ、誰もが高そうな服や装飾品を複数身につけているし栢木がいま手にしているお酒だっておそらくかなり高いだろう。

分かっているのであれば飲まないと損だと思い口にした。

今まで飲んだことのない口当たりに感動する。

地元でもなかなかの夜会が開かれていたが、どちらかといえば口当たり軟らかな物が好まれていた。

どうやら飲み物も刺激のある方が好まれる地域のようだ。

食べ物にスパイスが効いているのと関係があるのだろう。

「よくこういった場所に招待されていましたけど、中はこんな雰囲気だったんですね。」

「場所によって違うが今日は特別だな。ワタリ公爵とご友人の主催だからか規模が大きい。」

確かに栢木が雇われてからは、こんな大きな夜会は初めてだった。

「相麻先生、ご機嫌はいかがですかな?」

「五十鈴侯爵。どうもご無沙汰しております。」

「いやいや。久しぶりに会えたのだから先生の研究内容でも窺いたかったのだが…。」

目尻にシワを深めた五十鈴は鋭い視線を栢木の方へと向けて目を細める。

今日何度目かの剣先にはさすがに慣れてきた。

栢木は柔らかい笑みを作るとドレスの裾を摘まんでお辞儀をしてみせる。

「栢木です。私の傍を任せている者ですよ。」

「ほお。」

「栢木アンナと申します。」

自分の声が一番心地よく響く音を栢木は知っていた。

初老に近い五十鈴には元気さよりも淑やかさを出した方が印象よく残るだろうと計算し笑みの深さも変えている。

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