陽だまりの林檎姫
そんな思いが表情に出ているのか、北都は栢木の言葉を受けて暫く何も返さなかった。

「場所を移すか。」

低い声が耳に届くと同時に栢木の手は取られて、北都に引かれながら歩き始めた。

脇の方にある休息用のソファに栢木を座らせると、手慣れた様子で2人分のグラスを手にして戻ってくる。

どうやら暫くの休憩をとるらしい。

「さっきの話の続きだが、ミリアム伯爵の父親は俺の母と同じ病を患っていたらしい。」

突然の話に栢木は目を見開いた。

北都の母親と同じ病ということは、北都と同じ病であるということだ。

こんなにも身近に同じ病の患者がいたなんて、さっき会ったばかりのミリアムの顔が思い出され栢木は目を細めた。

「だが彼の父親は俺の母と同じ様に亡くなった。相麻製薬が新薬を発表する半年前のことだったらしい。その後、夜会で初めて会った彼に言われたよ。」

北都はグラスを持つ手に力が入ってしまったのを自分で感じて眉を寄せる。

今でもあの時の言葉は彼の声と共に鮮明に思い出せる程、北都の中に深く刻まれたのだ。

「研究者にとって研究内容を話すのは横取りされるリスクがあるのかもしれないが、患者としては研究されているという事実を知らせて欲しかったよ。何の希望もなく、見捨てられた病だと嘆きながら死んだ父にも、せめて希望を持たせてやりたかった。」

強い恨み、憤りを含んだめ目は容赦なく北都を責め立てた。

その場に居合わせた三浦がフォローをしてくれたが、深く刻まれてしまったミリアムの言葉が無くなる訳ではない。

「…でも、北都さんにはどうしようも出来なかった筈です。」

「それは彼も分かっている。俺だって背負えるものではないと思っているし、俺が背負うべきものでないことも理解している。」

でも、そう続けて北都は言葉をつまらせた。

膝の上に肘をついて背中を丸めるように前傾姿勢になる。

グラスの中の液体が揺れて北都の視線を奪った。

「でも、発表の仕方はやりようがあったんじゃないかとも思っている。」
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