陽だまりの林檎姫
新薬が完成した後すぐに報告をした訳ではない、北都は社長である千秋に渡す為の論文を作り始めたのだ。

当初の目的であった新薬と、それを開発するまでの過程でいくつか生まれた薬の説明論文を作らなければ成果として出せるものではないと分かっていた。

だからこそ論文として証明されるように形を残さなければならない。

しかし学者でもない北都は論文など書いたことがなかった為に、次は書き方を調べる作業に移った。

様々な論文を参考に何度も書き直していく。

「その作業だけでもかなりの時間を費やした。それがなければ彼の父親はもしかすると助かったかもしれない。」

「そんな…。」

「全てまとめて社長に渡すのではなく、小出しにしていたらもっと早く公表が出来た筈だ。そう何の実りもない仮定の話を描いては…虚しくなった時期もある。言っても仕方がないけどな。」

寂しげに話す北都に栢木は首を横に振り続けることしか出来なかった。

考えても仕方がないことだ、でも考えてしまう位に北都には大きな出来事だった。

だって北都は研究目的で薬を開発したのではない、自分の死と向き合ってとった行動の延長線にあったものなのだ。

そしておそらく北都が論文まで作り上げ全てまとめて千秋に渡したのはその後に姿を消す為だったのだろう。

しかし思わぬ所で縁が結ばれワタリと出会い、今がある。

救われた命も北都は目の当たりにしているのだ。

「それでも救われた命があるのも確かです。」

それは北都自身の命も含めてだと栢木は強い光を宿した瞳で訴えた。

「失われるしかなかった道を途絶えさせたのは北都さんですよ?それは紛れもない真実です。」

「栢木?」

「開発の裏にある事情なんて誰も知らない。人々が見るのは結果だけです。大きな結果をもたらした人にはよくも悪くも様々な言葉が浴びせられるものですよ。」

それはきっと北都もよく分かっていることだ、そう思っていても口に出さずにはいられなかった。

何故なら尋ねたいことがその先にある。
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