陽だまりの林檎姫
「何を悔やんで苦しんでいますか?」

全てを見通すかの様な言葉に北都の目が不安げに揺れた。

「…人と関わらなかった事だ。」

しかし寂しかった理由じゃない、本質はもっと深いところにある。

「あの薬を出したことに後悔はない。ただ出したことによってここまで大きな出来事になるとは思わなかった。」

命の使い道として作り上げた薬は結果として相麻製薬を大企業にまで発展させ、あらぬ言葉を千秋たちにも浴びせるはめになった。

薬を発表したことで学会からは称賛と共に嫌みに近い指摘も受け、不治の病と諦めて命を落とした遺族からは出し惜しみするなと罵声を受けたのだ。

それらは全て北都自身よりも社長である千秋に向けられたという。

北都は1人で判断して進めたが故に、恩返しになるかもしれないと千秋に渡したものがそうではない形になってしまったと戸惑っていたのだ。

「だから、新薬を称賛されても喜ばれないんですね。」

いい思いをしなかったと言えば嘘になるが、多くはそれに近いのだろう。

今なら北都が頑なに功績を受け入れ無かった理由が分かる。

「今はもう薬の開発はしていない。薬草の研究ばかり進めていて、気分は植物学者だ。」

栢木に理解されて気持ちが軽くなったのか、少し晴々とした表情で北都は語り始めた。

「薬の開発途中でぶつかった壁。何故この薬草同士の相性が悪いのかを探っている。配分なのか水なのか、可能性を潰していくのは楽しいから時間を忘れて仕方がない。」

「それで中々出てこないんですか。」

「まあな。」

嬉々として語る北都に栢木は思わず笑ってしまう。

こうやって北都が熱心に語るのは珍しい、よほど楽しい作業なのだろうと微笑ましかった。

まるで子供のよう。

機嫌よくグラスに口をつけた北都は何かに気付くと、緩んでいた顔を引き締め目を凝らした。

「栢木、社長だ。」

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