陽だまりの林檎姫
優しい声が栢木の視線を上へと誘導する。

「特別でない相手にここまですると思う?随分と大がかりな気紛れだね。」

今の自分の姿を見てご覧と促され栢木は改めて自身の姿を見つめた。

決して安くはない物ばかりを身につけ、ここにない服でさえも北都は与えてくれたのだ。

いつになく優しい目をして用意してくれた物たちが今の栢木を輝かせている。

「僕は三浦の報告を受けていなくても今日の君たちと接しただけでそう感じ取るよ。」

わずか数分接しただけでね、そう続けた千秋にますます栢木は困惑した。

この気持ちをどう置けばいいのだろう。

切なさと嬉しさが入り交じって栢木は複雑な表情を生み出した。

加速していく思いを止められなくなってしまう。

「表情や口にしないと伝わらないものは多い。近くに居れば居る程だ。あの子は特にそうかもしれないな。」

千秋の意外な言葉に栢木は驚いて目を大きくする。

まるで自分を責めるかのような口振りは、千秋の次の言葉へ繋がっていった。

「あの子はどんな話をする?」

明らかに栢木に向けられた質問だがすぐには答えられなかった。

しかし待つ姿勢をとった千秋にはその質問の意味を理解できないままに答えるしかない。

「…必要な事以外は何も。私が一方的に話すだけです。」

残念ながらと栢木は首を横に振った。

これで良かったのか心配になるが千秋はそうかと笑って何度か頷く。

「北都は昔から必要以上に口を開かない、笑わない、そんな子だった。だから側近を付けても相手が保たなくてね。」

その話は知っている。

募集要項が秘書であったり、助手であったり、様々な形で雇用しても長続きはしなかった。

栢木がボディガードとして雇われたのは苦し紛れの策だったとも聞く。

男性が来るかと思いきや、腕っ節と勢いのいい女性に誰もが驚いたとマリーが笑っていたのを思い出した。
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