陽だまりの林檎姫
北都の紹介を受けて栢木は少し身を屈めてお辞儀をしてみせる。

この手のやり取りならお手の物だ。まるで子供の晴舞台を見つめる親のように、ワタリは何度も頷いて微笑んだ。

「そうですか、先生にはこんなに美しいお相手がいたとは。皆も残念だな。」

「全くですな、グレン公。」

バツが悪そうに居場所を失っていく女性陣を眺めてワタリとグレンが笑いあう。

「そう気を落とすな。お似合いじゃないか。」

その中には自身の娘や姪がいるのかもしれない、それ程に親しげに女性たちへ話しかけていた。

「あら。先生の思う方かどうかはまだ分かりませんわ?どれ程のご関係なのかしら。」

「どちらのご令嬢でいらっしゃるの?」

1人が負けじと切り出すや、それに続けと深く聞き出す姿勢をとってくる。

今日こそはと決意をもって来た令嬢たちはそう簡単に諦めるつもりは無いようだ。

屋敷まで押しかけて来た令嬢がいたというミライの話を思い出して女の情熱に圧倒される。

身元を明かす訳にはいかない以上、どうやって切り抜けようか。

そう考えている間に流れを変える音が聞こえてきた。

賑やかな会場をさらに盛り上げる弦楽器のチューニング音が聞こえてくると皆の視線はそこへ集まる。

「先生、お嬢さんと踊ってきてはいかがかな?」

ワタリの提案に周りにいた女性陣は微かに騒めいた。

痛い視線が太さを増して栢木に刺さる。

「それでは…お言葉に甘えて。行こうか、栢木。」

離れた手をもう一度取ると北都は当然のように栢木を広場へと促した。

言葉なく微笑みを返すと栢木はワタリとグレンにお辞儀をして北都に連れられて去っていく。

「お前、来るのが遅いぞ。」

ワタリ達が集う輪の中から抜け出し、2人になった瞬間に北都はいつものように低く冷たい声で呟いた。

「言うと思いましたよ。」

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