陽だまりの林檎姫
2人とも表情を変えないまま声を忍ばせて会話を交わす。

「北都さんが待ってろって言ったじゃないですか。」

「お前ボディガードだろ。」

「待ってろと言われたのに追いかけていい場所ではないんです!」

何を言っているんですかと怒りを交えながらも冷たく突き返す栢木を北都は切り捨てた。

「他に方法があっただろうが。」

普段から近くに居ないと意味がないと口煩く繰り返していたことを忘れたのかと続ける北都に返す言葉がなくなる。

確かにそうだと栢木は黙って受け止めるしかなく何も言えなくなってしまった。

いつになく苦情が入るのは余程この環境が好きではないらしい。

やがてチューニング音は旋律に変わり、誰の耳にも懐かしい音楽を奏で始めた。

会場の真ん中にあたる開けた場所にはワルツを楽しむ男女が続々と集まってくる。

北都達もそこへ向かうが肝心な事を北都は思い出した。

それを伝えようと栢木の顔を見た瞬間、先に栢木の口が開く。

「大丈夫です。ワルツならエスコートも含めてお相手出来ますよ?」

嘘偽りのない余裕の微笑みに、最初は拍子抜けしたがすぐに期待の方が勝っていった。

「頼もしい。」

貴族ではない北都は覚えたてのぎこちない動きしか出来ない。

いつもであれば適当にかわして逃げてきたが今日ばかりはワルツが逃げ場となってしまったのだ。

北都は栢木の手を取りなおしてワルツのリズムに身を委ねた。

それは目を見張るほど絵になる姿、栢木の宣言したとおり彼女は優雅に北都の目の前で踊り巧く誘導してくれている。

「大したもんだな。」

北都の素直な感想に栢木は嬉しそうに笑った。

「お気に召しました?」

「ああ。これで下手に女性陣の相手をせずにすむ。」
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