陽だまりの林檎姫
「どうした?」

「いえ、何も。」

そう答えて北都の首下に視線を落とす。

助かっている、その言葉が胸の中でやさしく響く。嬉しくて誇らしくて、緩んでしまった顔を見られないように少し俯いた。

夢のような時間かもしれない。

「新鮮というか、何かくすぐったいですね。」

「何が。」

「こうして正装した北都さんと踊っている事です。私のこの姿も。」

こうやって綺麗な格好をして北都と躍ることなんて、きっとこの先何回もないだろう。

最初で最後の時間。

長いようで短いか、そう呟いた北都の声が聞こえ栢木は顔を上げた。

「栢木は…屋敷に来てから何か変わった事はあるか?」

「変わった事?」

とりあえず復唱して少し考えてみる。

「全て変わりましたよ?住む場所も生活も、北都さんでいっぱいになりました。」

楽しそうに、それでも少し皮肉をこめて栢木は笑った。暗ににそれはあなたに振り回されているからですと受け取れる。

何かに付けて噛み付いてくる栢木に対して無反応な北都だが、やはり少し機嫌を悪くしたようだ。

細くなった目や眉間のしわがそれを感じさせ栢木は噴き出した。

「いい意味もありますよ。」

「どうだか。」

「北都さんは…私が来てから変わった事ありますか?」

栢木の目がまっすぐに北都を捕らえる。

唸り声をあげて少し間を置いたあと、北都は懐かしそうに口を開いて答えた。
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