陽だまりの林檎姫
「騒がしくなったな。」

言葉自体は栢木が噛み付きたくなるような物だったが、そうはしなかった。

声があまりにも優しくて耳に心地いい。

見惚れるように黙っていると、もう一度北都が口を開いた。

「終わったぞ。」

その瞬間、栢木は初めて周りの歓声と拍手に気が付き瞬きを重ねる。

夢のような会場の雰囲気に浸るまもなく北都は栢木の手を引いてその場から離れようと歩き始めた。

「え?ちょ…っ。」

有無を言わさず前へ進む北都に引っ張られて態勢を崩しそうになる。

その時視界に入ったのが周りの美女達、いずれも退場していく北都を物悲しそうな表情で見送っているところを見ると北都の行動の意味を理解した。

次は私となどと誘われないように手を打つ、なるほど少しの隙も作ってはいけないのか。

改めて北都を気の毒に思いつつ、手を引かれるまま2人はバルコニーに逃げこんだ。

「わ…綺麗な三日月ですね。」

そこには数組の男女や集まりがいたが、お構いなしに栢木は声にした。

バルコニーに繋がるガラス張りの扉は解放され、室内の賑わいが外まで漏れている。

新たな音楽が始まり、再び音に身を委ねる躍り手達が会場を盛り上げていた。

たった一枚の窓を越えただけなのにまるで別世界の様で不思議だ。

栢木は中庭が見える場所まで歩くと北都もそれに続いて歩いた。

「北都さんはあまり手摺りに近付かないで下さいね。」

どんな時でもボディガードの役目を果たそうとする栢木に北都は呆れた仕草を見せる。

「何の意味があるんだ。」

「念の為です。」

「利点を感じない。」

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