陽だまりの林檎姫
僅かな時間だったかもしれない。

距離をとって目を開ければ真っ赤になった栢木が驚いていた。

言葉なく瞬きを重ねる栢木に北都は特別な感情から微笑みを浮かべる。

「そろそろ帰るか。挨拶も一通り済ませたし、窮屈だろう?」

酒もかなり回ってきてるしなと北都は続けた。

確かに調子よく飲みすぎたような感覚は栢木にもある。

さっき踊った事によってアルコールの回りが早くなったような気も少なからずしていた。

「…そうですね。」

賛同するように答えても声がそうならなかったようだ。

それは今の出来事の衝撃もあるが、正直なところ名残惜しい気持ちが栢木の心を占めている。

ただ少しの言葉に含まれた感情が北都には伝わっていた。

「もう少しいたいのか?」

「いえ、私は別にそんな…。」

「だったら、ちゃんとガードしとけよ?栢木の仕事だろ?」

遠慮して否定する栢木の言葉を遮って北都は言い付ける。

その意味は栢木にすぐに伝わり彼女の顔がまた赤く色付き始めた。

「聞いてるか?」

「はいっ!はい、もちろん!」

反応を示さない栢木を覗き込めば反射的に勢いよく返事をしてしまった。

声にしたあと、少しずつ実感が湧いてくる。

さっきの出来事も、北都の微笑みが夢ではないのだと教えてくれているような気がした。

北都が留まる事を選んでくれた事が嬉しくて、嬉しくて笑みが止まらない。

「…もちろん。」

幸せそうに笑う栢木につられて北都も微かに口元を緩める。

「参りますか?お嬢様。」

そう言って差し出された北都の手は栢木よりも大きく、力強かった。

手と手が触れ合い、互いの体温を感じる。

目と目が合うと北都の微笑みが栢木を魅了した。北都が笑っている、それだけで幸せな気分になれる。

本当は、ただそれだけで良かった。

場所なんかどこでも良い、ただもう少し、目の前で笑う北都の姿を見ていたかったのだ。
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