陽だまりの林檎姫
「マリー、何があったの?」

マリーを掴む腕に力が入る。こんな躊躇いを見せるマリーは珍しかった。それだけに栢木の不安は大きい。

「教えて!」

栢木の強い気持ちに負け、マリーは栢木と視線を合わすと静かに口を開いた。

とても弱々しく遠慮がちな声が丁寧に栢木に届けられる。

「昨夜のうちに…この屋敷を出ていかれたのよ。」

やっと出てきたマリーの言葉、しかし栢木にはその意味がちゃんと理解出来ていなかった。

「出ていった?一体どこへ?」

責める訳でもなく、栢木の中に生まれた疑問がそのまま口から出てきたようだ。

思ったより冷静な栢木に少し安心したのかマリーの表情の強ばりも緩み始める。マリーは首を横に振ってさらに言葉を続けた。

「誰も知らないわ。千秋様との契約がきれて出ていかれたという事だけ。」

「契約?」

その言葉を栢木は繰り返した。

栢木の反応にマリーはまた気付いたようだ。

「栢木、あなた何も知らされていないの?」

含むような言い方に栢木は目を細める。

「2人は養子縁組する時に契約を交わしていたの。14年間北都様が成長するにあたって必要な環境を与える、その代わりその間に千秋様にとって利益となるようなことを成し遂げること。これが2人の契約よ。」

まだ14年に達していないが利益を与えることが出来たとして北都は屋敷を出て行ったのだろうとマリーは続けた。

契約終了と共に相麻製薬との契約も破棄されたという。事実上の解雇と言ってもいいくらいだ。

「利益…。」

マリーを掴んでいた手が力なく重力に従って落ちていく。

栢木の頭の中は話の内容を整理するのに必死だった。

「親子で契約なんて…。」

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