陽だまりの林檎姫
戸惑いながら迎えられた北都に相麻家での風当たりは良くなかった。

義理の母親となった奥方とは折り合いがつかず、揚句、彼女はついに子供を授かってしまったのだ。

喜ばしいことが不穏の空気の種となり北都はついに養子縁組の破棄を願い出た。

「どうしても北都様を傍に置いておきたい千秋様はいずれ北都の資産になるだろうと、起ち上げて間もない相麻製薬の役員にしてしまった。そして契約を破棄するのであれば賠償金を支払えと無理やり北都様を繋ぎとめたのよ。」

マリーの話が進んでいくほど栢木の表情は険しく曇っていく。

物騒な単語が出るたびにその時の感情の波がどれだけ荒れていたのか、考えるだけで胸が痛んだ。

それをあの時の北都は淡々と話していた。

淡々と、それ程大したことではないと言わんばかりに言葉を並べていたのだ。

「千秋様を軽蔑するかしら?」

「…いいえ。必死だったんだと思う。」

全てを自分の力で守りたかったのだろう、しかしうまくいかない自分に憤りを感じていた筈だ。

頑張れば頑張るほど家族は遠くなっていく気がして千秋も悩んでいたに違いない。

「結局は北都様が1人別宅に住むことで話は収まりこの屋敷にやってきた。それからは栢木も知っている通りよ。」

北都から聞いた話と三浦から聞いた話、昨夜千秋から聞いた話にたった今マリーから聞いた話が加わって栢木の中で1つにまとまった。

北都の考え、おそらくここの誰もが北都の病を知らないだろう。

どの環境で病と闘い薬を作り続けてきたのか、それを思うだけで堪らない気持ちになる。

その純粋な気持ちと芯の強さに栢木の心は震えた。

「この屋敷はいずれ北都様の弟君にあたる方の物になる。北都様がそう言っていたわ。栢木、貴女はどうするの?」

「…少し、考えるわ。」

低すぎる栢木の声に言葉を失うとマリーは栢木の肩を叩いて部屋を出て行く。

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