陽だまりの林檎姫
開いた扉から階下の賑やかな声が聞こえてきたが、扉が閉まればそれもなくなる。

栢木はその場に立ち尽くし無気力に時間を過ごした。

見慣れた景色、本もソファも何一つ変わってはいない。仕事机の上も相変わらず片付いている、筈だった。

いつもは何も置いていない筈の机の上に何かがある。

不審に思いながらも近付き、栢木はその正体を探った。

少し離れた場所からも分かる、栢木にと書かれた封筒が机の真ん中に置かれ、その横には新聞が置かれていた。

間違いない、これは北都が書いた文字だ。

壊れ物に触るように丁寧に触れると見慣れた封蝋に心が和む。

栢木は何度もこの封蝋で閉じられた書類を運んだことがある。花にも林檎のようにも見える形は北都の印だった。

北都という人物にあまりにも似つかわしくなかったので最初は驚いたものだ。

もしかしたら母親であるラズレリアのものかもしれないと今更思って思いが込み上げてくる。

封蝋と北都を何回か見比べていると睨まれた覚えもあったな、そんな懐かしい思いを噛み締めながら封を開けて中にある紙を取り出した。

折られている紙と、まっすぐ入っていた紙。

「えっ!?」

むき出しのまっすぐな紙は一目で何か分かった。誰もが知っているが、滅多にお目にかかれない代物だ。

「何…この金額…?」

栢木が呟いたのも無理はない。

それ相応の人でないと手にする事が出来ない小切手がいま手元にあって、しかも書かれている金額は半端なものではなかった。

一生遊んで暮らせるくらいのお金が北都名義で書かれている。

あまりの衝撃に立っていることが出来ずに椅子に腰掛けた。いくら見ても数え直しても桁はすごい。

きっとこの意味が書いてあるのだと、折られた方の紙を見ることにした。

しかし書いてあったのは、たったの二行。
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