陽だまりの林檎姫
「契約違反の為、賠償金を支払う。」

そのまま読み上げて背もたれに体を預けた。

甘い言葉とか、涙誘う切ない言葉を期待しなかった訳じゃない。

それでも、北都らしい淡泊さというか簡潔さというか、らしくて笑ってしまった。

「契約違反なんて…。」

呟くと言葉が詰まって、それに誘われるように視界が滲んできた。自然と俯き、手が力強く口を押さえる。

契約違反なんて、北都らしい。

そう声にするつもりだったのに気持ちが震えて言葉にならなかった。

自分が雇った訳ではないと散々言っていた癖にこんなところで律儀なのは誰に似たのか。

じゃあなと言った事は夢の中の出来事ではなく、きっと屋敷を去る前に栢木の前で言ってくれたのだろう。

今までにない、最高に優しく甘い声で。

「…うっ。」

押し殺して泣く声は部屋の中の静けさに立ち向かっていくようだ、弱々しくも強い。

昨日の北都の姿が脳裏に浮かび、一日中の記憶が鮮明に思い出される。

北都の笑顔も優しさも、栢木の体を包む空気のように肌で感じたぬくもりも全てが愛おしくて切ない。

千秋の言葉の意味が今になって分かるなんて、悔やみきれない事も沢山あるのだ。

北都はもう、旅立つ準備をしていたなんて。

「私がこんな大金受け取れると思ってるんですか?」

大きく息を吸い、顔を上げて手紙に語りかけた。

目に涙を浮かべても我慢はしない、もう思うままに流していてもかまわない。

今は泣く時だ、泣いてもいい筈だ。

「自惚れじゃないですよね?」

机の上にある新聞に触れてそう呟いた表情はとても優しいものだった。

鳥達のさえずりと窓から差し込む朝日が一日の始まりを告げている。

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