陽だまりの林檎姫
ロータリーについてようやく解放された腕は少し痛みを感じていた。

「必ず北都様を見付けて、しっかりと繋ぎとめておくのよ?」

そう言いながら栢木の身なりを整えるマリーは流石の仕事の速さだ。

「で、でも…相麻家の馬車は。」

「何の為に私が長くこの家に仕えていると思っているの?力というものはここぞという時に使うものよ、栢木。」

おおよそマリーの口から出るとは思えない言葉に栢木は絶句した。

成程、さすがは年の数だけ経験を重ねた女性だ。多少のしたたかさは当然の様に持ち合わせているという事か。

「マリー、どうした。」

マリーに呼ばれたベテラン御者のダンが不思議そうにロータリーへ馬車を回してきた。

ダンはいつも栢木と共に北都を追いかけてくれた人物だ。

まさかここに来てまでその縁が繋がってるなんてダンも思いもしないだろう。

「ダン、栢木を連れて北都様を追いかけて頂戴。責任なら私がとるわ。」

「マリー!?」

ダンが反応する前に予想通りの無茶な展開に栢木が叫んだ。

「いいこと?栢木。私たちは北都様がとても大切なの、それこそ自分の子供か孫の様に思っている部分もあるわ。北都様がどれだけ不器用で純粋か、どれだけ一途で強い心を持っているかも知っている。」

栢木の両腕を掴んだマリーは強い眼差しで栢木を射抜く。

それはさっきの栢木の叫びに負けず劣らず威力を持っていた。

視界の端ではマリーと同じ気持ちのダンが微かに頷いたことも栢木は気付いた。

「私たちは北都様に幸せになって欲しいのよ。自由に、自分らしく生きられる場所で笑っていて欲しいの。」

マリーに掴まれた腕が熱い。

「…それは私も同じよ、マリー。」

「ありがとう。栢木、私たちはその役目を貴女に託したいの。これは老い先短い人間の願いだと思って聞き入れてくれないかしら。」

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