陽だまりの林檎姫
「ただいま戻りました、父様。」

「ああ。おかえり、アンナ。」

そう言って両手を広げて栢木を抱きしめる。

「さ、今日はお祝いよ!トキ、料理は特別なものにするよう伝えて頂戴!」

「畏まりました。」

手を叩いて場を仕切り始めると桔梗は嬉しそうにお茶の支度をするよう他の指示も出し始めた。

広い中庭が見渡せるバルコニーに家族が顔をそろえると桔梗が指示したお茶が運ばれ穏やかな時間が始まる。

この空間も随分と久しぶりだ。

「姉さん、東の端の方まで行ってたんだって?」

「住み込みで働いてたって聞いたけど本当か?」

「困ったことは無かったの?」

「今までどんな生活をしてたのか教えてくれよ。」

栢木に向けて次々投げられる質問は飽きることなく答えを求めてきた。

家を出て途中まで付き添ってくれた弟のユーゴと別れた後、栢木は馬車を乗り継いで相麻邸がある地域まで辿り着いた。

手持ちのお金には限りがあってそんなに余裕は無い生活が続く。

お腹が減ってどうしようもなかった時、栢木は相麻邸で求人募集をしているという張り紙を見付けて申し込んだのだ。

それが栢木が相麻に関わる最初の一歩だった。

「相麻製薬の御子息の屋敷でお世話になってね。実はその方があの不治の病を治す新薬を作った研究者だったのよ。」

「相麻北都さん、だろ?」

ユーゴが確かめる様に尋ねると、栢木は誇らしげに笑顔で頷く。

栢木の反応を受けたユーゴは兄であるキースと顔を合わせて困ったように微笑んだ。

その仕草を不思議に思った栢木は首を傾げて兄弟の様子を窺う。

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