陽だまりの林檎姫
不愛想に振る舞われたこと、何をしても突き放されたこと、少しずつ近付いた距離、本気で心配してくれたこと、栢木が迎えに来るのを待っていたこと。

あの日に見せた優しい笑顔も全てが愛しい。

「タクミから話は聞いている。屋敷を出て行方が分からないようだな。」

「これから探しに行こうと思う。その為に一度だけ栢木の名前を借りるけど、それ以降は…。」

「アンナ。」

言葉を遮って呼ばれた名前に栢木の肩が跳ねた。

途端に不安の色が広がり栢木の心が震える。

しかし栢木の思いと相反してタオットの表情は穏やかだった。

「お前が帰ってくる幾日か前、私に会いに来た人がいる。それは誰だか分かるか?」

「…父様に?…キリュウさん、とか?」

「相麻北都くんだよ。」

予想もしない人物の名前に栢木は目を見開き息を飲んだ。

どうして、どうやって、その言葉が頭を巡り困惑の表情でタオットに答えを求める。

だって栢木は北都が屋敷を出た半日後に出発をしたのだ。

多少休息を多めにとったかもしれないが、ここまで差が出るとは思えない。

「殆ど寝ずの状態で向かってきたんじゃないか?流石に私に会う前日には休んだようだが、とにかく凄い気迫で尋ねてきたよ。余程の思いがあったんだろうな。」

笑いながら話をするが栢木は父の様な感情にはなれなかった。

まだまだ混乱する気持ちの方が強い中で与えられる情報だけが積み重なっていく。

「彼はお前が欲しいと、そう私に願い出てきたよ。」

雇いの馬車でやってきた北都はタクミから報告を受けていた通りの真面目そうな青年だったとタオットは続けた。

タオットにしてみれば娘が世話になった屋敷の主人という事で手厚く迎えるつもりだったが、北都はそれを断り丁寧に挨拶をしてタオットに話があるという。

ただならぬ空気を感じて応接間に通せば向き合って座るなり本題に入ったのだ。

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