陽だまりの林檎姫
「こちらです。」

やがて辿り着いた部屋にはもう一つ受付があった。

ロビーの受付よりもこじんまりしているが、漂う空気が違う。

ここは特別な人だけに通される、相麻製薬のもう一つのエントランスホール。

北都への封書は全てここに預けられているようだ。

受付の女性と軽く会話をしたあと、三浦は振り返って栢木に封書を差し出した。

「宜しくお願いします。」

全く崩れない完璧な笑顔を見せる三浦に応えるよう栢木は会釈して微笑んだ。

「はい。では失礼します。」

もうここでの用事は済んだと栢木は預かったばかりの封書を抱え、急いで馬車に戻る。

歩いていた足はいつのまにか走りだしていた。

足取りも軽く鼻歌さえ歌ってしまいそうなくらい気持ちが弾んでいる。

腕の中の書類を見つめると自然と笑みがこぼれ、満たされた。

北都さん、心の中で決して答えてはくれない問いかけを何度も重ねる。

「まだ名前こそ呼んではくれないけど、少しずつよね。」

あまりの主人の冷たさに心が折れそうな日々を過ごしてきたが、ここにきて大復活の予感がするのだ。

本社に派遣したのは信頼の表れかもしれない。

今まで頑張ってきて良かったと思える今日の出来事に栢木の足はなおさら軽くなった。

北都が待っている、そう思うと心が踊る。

屋敷で待つ鉄仮面のような主人の為に栢木は足早に戻っていった。

揺れる馬車の中でも落ち着かなくて気持ちが逸る。

通り慣れたこの道がこんなにも違うように感じるなんて。

やがて栢木を乗せた馬車は門をくぐり玄関のロータリーで停まった。
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