陽だまりの林檎姫
4.最高の贅沢を
そして月日が流れた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」
賑やかな店内で人の気配に包まれながら、茶色のカップは小さな音を立てて机の上に置かれる。
ソーサラー無しのカップに玉子とハムのサンドウィッチが入ったバスケットの並びは実にカジュアルだ。
広げていた新聞をたたみ、少し遅くなった昼食をとろうと机の上に手を伸ばした。
専用のクリームを入れて深みのある珈琲に甘味とコクを足していく。ここに来てもやはり砂糖は入れない主義だった。
ここだけは拘りたい。
自分の中の黄金率を実現させ、出来上がった珈琲を口に含む。
「美味い。」
上出来だ、北都は満足気に口角をあげるともう一口味わってカップを机に戻した。
机の上に置いた新聞の記事を眺めて再びそれを手にして活字に入り込む。
通りを走る風が爽やかに北都の髪を揺らしていった。
相麻の屋敷に居た頃よりも短くなって、顔色も随分といい。何より顔つきが違っていた。
あの頃にはなかった瞳の中の輝きが彼の今の生活を物語っている。
この店の珈琲も深みがあって中々のものだ。
たまたま立ち寄った割りには当たりの店だった事に気分が良くなった。
評判の店と聞いていたが想像以上の味に思わず頷く。
屋敷に居た頃に飲んでいた珈琲とはまた違うが、同じくらいに北都の好みに合っていた。
周り賑わいが人々の幸福を表しているようで更に心地よさを増していく、こんな風に感じられるようになったのはいつからだったろう。
昔の自分からは考えられないと苦笑いして北都はカップの中身を減らしていった。
屋外の読書は北都の好きなものの1つだ、どこにいたとしてもこの優雅な時間は何物にも変えがたいものだと思っている。