陽だまりの林檎姫
自分が開発した薬は既にこの手から離れて別物の様になってしまった。

だから今さら自分の事を評価されても上手く受け止められないところもあるが、それが論文の評価やこれからの自分に活かされていくなら否定しないでおこうと思う。

まだ身軽すぎるこの相麻北都という人間には武器が必要なのだ。

「きっと論文もいい評価を貰えるだろう。駄目だとしても、そこで終わる様な人間じゃない筈だ。私たちは北都くんの未来を信じているよ。」

環境が変わり毎日が駆け足で過ぎていく。

やりたいことがあり過ぎて寝る間も惜しいくらいだった。

この地に来た時にワタリと交わした約束はいくつかある、そのうちの1つが体に無理をさせない事だ。

「はい。私も信じています。」

生き永らえることが出来たこの体を大切にしたい。

出来る範囲内でやれること全てをやろうと取り組んできた。

その先に目指すものがあるからだ。治療の終わりもその中の1つに入っている。

そして称号を取ることもそうだ。

「いい顔をしている。…さて、もう行くとしようかな。引き止めて悪かったね、北都くんも帰るところだろう。」

「え?」

「帰り支度をしようとしていたように見えたが、違うかな?」

確かにそろそろ時間かと時計を見て動こうとしていた時だった。

僅かな動きにそこまで気付いていたなんて。

「先生には敵いません。」

まだまだ負ける気はしない、そう言い残してタータンは去っていった。

パラソルの向こう側を見上げれば眩しい位の青い空が広がっている。

何かを閃いたのか北都はカップの中身を飲み干すと、サンドウィッチを持ち帰り用の袋に詰めかえて席を立った。

手にしたカバンの中には今日参加した講演会の資料が入っている。

< 304 / 313 >

この作品をシェア

pagetop