陽だまりの林檎姫
少し遠いが歩いていける距離にあるいくつかの大学では一般公開されている講義や定期的に開催されている講演会の質が高く、北都は常連の様に通いつめていた。

ワタリ公爵は学問に力を入れている人物で、彼の領内では教育や研究施設が充実しており多くの学生が高みを目指して勉学に励んでいた。

故に企業も発達を留まる事を知らず、この地は言わずと知れた学問都市となっている。

その中に北都が論文を出している大学があり、薬学の一人者と呼ばれる教授がいるのだ。

「相麻先生。」

「どうも。」

自身の経歴は自ら口にしなくとも知られていくもので、北都の存在が知られていくのにそう時間はかからなかった。

そのおかげか顔見知りも増えて街を歩くだけで声をかけられることも少なくない、僅かに感じた寂しさが紛らわされたのは確かだ。

先生と称されることに若干の抵抗はあるが、それだけの事を自分がしたのだと思うとこれからの身の振り方に背筋が伸びる。

そして自分の中の可能性を信じてやりたいとも思うのだ。

「相麻先生、お帰りなさい。」

北都が管理をしている薬草園に戻れば助手として働いている学生が迎えてくれた。

ワタリと交渉をして得た薬草園の敷地はワタリの強引な物言いにより無償で与えられることになり、研究と同時に一般利用されている薬草も同時に生産するよう契約を交わされたのだ。

そうして利益を得ながら研究を進めて成果を出し、ワタリにも利益をもたらすよう約束させられた。

北都が考えていたよりも広大な土地を渡され管理を任された時は頼るべき人物を間違えたのかもしれないと頭を抱えたものだ。

しかし間違いではなかった、あの屋敷を出て良かったと強く思う。

相麻家を出る前から、寧ろ養子に入ってすぐから北都は常に次の自分の身の置き場を考えていた。

どうすれば誰も頼らずに生きていけるのか。

病にかかってからは生きることにも理由を見いだせず、どうすれば迷惑が掛からずに姿を消せるのかを考えていた。

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