陽だまりの林檎姫
さっきまでこれで大喜びしていたのに、今となっては皮肉な代物だ。

やっぱりだ、やっぱりそうだったのだ。

「栢木?」

不思議そうに伺うマリーに首を振り何でもないと態度で表す。

「お腹が空いたからご飯食べていい?」

「え?…ええ。」

「これ、置いてから行くから。」

そう封書を掲げて微笑むと栢木はマリーの横を擦り抜けて階段に向かった。

「栢木、行かないの?」

いつになく冷静な栢木を見て逆にマリーが慌て始める。

いつもの栢木なら北都がいないと聞くなり、すぐに慌てて屋敷を飛び出していたのに今日は正反対に冷静だった、というより冷静すぎた。

栢木は視線を宙に投げて小さく唸ると肩を竦める。

「腹が減っては何とやらってね。」

手を振りながら階段を上る栢木を見つめ、マリーは少し不安になった。

振り返る事無く北都の書斎に向かう栢木の表情は冷たい気がする。

早くもなく、ゆっくりでもなく、静かに歩き続けてノックもせずに主人の書斎の扉を開けて中に入っていった。

まっすぐに事務机に向かい、手にしていた封書を力なく机の中央に置けば主のいない部屋に紙の軋む音が響く。

「…持ってきましたよ。」

そんな事を呟いても誰も聞いてはいない。

部屋の中を見回してため息を吐くその目は切なさにも無気力にもとれる虚ろな輝き、栢木は額に手を当てたまま立ち尽くした。
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