陽だまりの林檎姫
静かな部屋の中で震える栢木の吐息が切なく響く。

この色の少ない静かすぎる音が逆に耳に付いて仕方がないのだ。

もう一度ため息を吐き、布の擦れる音だけを残して部屋を後にした。

乗っていった馬車が戻っていないということは乗り捨てていないということだ。

時折、北都は馬車を乗り捨てて鉄道に乗り換えることもある。

そうした場合捜索が困難になるのだが今日はそこまでではないようだ。

つまりは馬車でなくてはいけない場所ということ。

ぼんやり考えながら食事をしているとミライからまた新たな情報が入ってきた。

栢木の考えたとおり、北都は公爵の家に招かれていたらしい。

おそらく昼食かティータイムかに呼ばれていたのだろう。

本人はあまり好まないが、仕事の一貫として渋々顔を出しているのだと以前マリーが言っていたのを思い出した。

それは父親である社長の命令でもあると聞いたことがある。

心配な表情を浮かべるミライとマリーに手を振って栢木はゆっくりと屋敷を出発した。

馬車で公爵邸に向かう道中、以前人から言われた言葉が頭の中を回っていた。

「栢木は凄いね。」

「本当にやっていける?」

「私だったら無理かも。」

「辛いことがあればいつでも言って。」

些細な会話から面と向かって話し合ったことまで、こんな思考になる時はだいたい疲れている時だ。

寝れば治る、心も気持ちも回復すればまたいつもの調子になれるはず、分かっていても自分ではどうしようもない事もあった。

それがまさに今なのかもしれない。
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