陽だまりの林檎姫
さっき放たれた言葉が周波数となって連続的に栢木に降ってきている様だ。

そこまで言われてしまっては逃げ道は無いのだろう、出せないなら飲み込むしかない。

覚悟を決めた栢木の喉の音が鈍く響く、栢木としては大声で叫び出したい衝動も一緒に飲み込んだ気分だ。

偉い、偉いぞ。

味の感覚をどこかに飛ばすくらいの威力を持っていたこの代物を噴き出さずに飲み込んだ自分を褒めてやりたい。

北都が不機嫌な理由はこれかと、栢木は少しずつカップから体を引き離していった。

とりあえず距離をとりたい。

「これは…ひどいですね…。」

思わず口元に手を当てて憐みも含めた目でカップをしみじみと眺めてしまう。

衝撃の不味さに怒りを忘れてとりあえず同じ気持ちを分かち合った2人、しかしそれも僅かな時間だけだ。

「そうじゃなくて!どこの講演会かって話ですよ!いつもいつも好き勝手に行動して、もっと立場を自覚して下さい。」

力任せでなく丁寧にカップを北都の目の前に戻すと栢木はまっすぐ彼の目ををとらえた。

ここは感情で物を言うタイミングではない、しっかり聞いて自意識を高めて貰わないと困るのだ。

「…またそれか。」

「そうです。貴方は今や大企業、相麻製薬の社長ご子息であり特別開発研究員なんですよ?北都さんにもしもの事があれば相麻製薬は一大事です。」

これは重要なことなのだと、姿勢を正して強い意志と力を持った声で北都に届けたい。

「私は貴方を守らなければいけないんですよ。北都さん。」

少しだけ音を低くしてゆっくりと声にした。

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