陽だまりの林檎姫
どうしよう、そんな思いに捕らわれて栢木の視線は泳ぎながら手元へと逃げて行った。

受け取り方によっては北都の意見を肯定することになる、そんなことになれば関係は悪化するだけだ。

でもこの考えこそが自分勝手なのではないだろうか。

「家を出た理由は?」

自分の中の汚い部分に触れて崩れそうになるが北都はそれをさせてはくれない。

変わらない鋭い声の威力に逆らうことは許されないのだ。

「…望まない縁談が来たので逃げてきました。」

聞かれたことには答えなくてはいけないと栢木は視線を落としながらも震える声を絞り出して答えた。

「大丈夫なのか?」

「貴族の中では約束されてしまった婚姻が多々あります。しかし両親はそういう風潮が好きではない様で…昔からもしもの時は逃げるようにと言われてきました。」

少し懐かしい記憶を思い起こして口にする。

脳裏に浮かぶ両親や家族の顔がしっかりしろと背中を叩いてくれたような気がして震えが弱くなってきた。

大丈夫、一呼吸を置いて栢木はしっかりとした声で答える。

「おそらく大丈夫だと思います。」

送り出してくれた時の家族の笑顔が栢木にそう答えさせていた。

ようやくまっすぐ見ることが出来た北都の目にはもう突き刺すほどの強い敵意は無い。

それは少し意外で、栢木は驚きから目を見開いてしまった。

「栢木を名乗っているのはいつでも戻っていいようにか?」

「…あ、はい。…そうですね。ほとぼりが冷めたら…でも今のところ戻るつもりはありません。」

「何故?」

抵抗もなく出てきた言葉に聞き返したかったのは栢木自身もそうだった。

それでも腑に落ちていることに気が付いて、可笑しくて眉が下がってしまう。

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