陽だまりの林檎姫
あるとすれば一つ、北都という感情だけ。

北都に対する思いだけしかそこにはない。

「北都…さん。」

言葉に出来るのも北都の名前しかないなんて。

自然に落ち着くまで、ただがむしゃらに泣き続けた栢木は力尽きるようにそのまま眠ってしまった。




「お疲れさん。」

「お疲れさん。」

互いに労るような声が聞こえて北都が目を覚ます。

カーテンを開ければ窓の外はもう見慣れた景色、どうやら屋敷の門番と御者のダンが交わした声らしいとすぐに気が付いた。

もう敷地内に入ったようだ。

着いたのかと心の中で呟いて寝起きの重たい体を少し動かす。

体にかかっていた毛布が落ちて拾おうとした時、栢木の足が視界に入り誘われるように顔を上げた。

そこにいたのは向かいの席に座り俯いたまま眠っている栢木、その姿に気付いてため息を吐いた。

「…お前が寝てどうする。」

呆れながら呟いたとき、栢木の目に光るものを見つけて言葉を詰まらせた。

濡れたまつげに、彼女は泣いていたのだと一瞬で気付かされたのだ。

疲れ果てた顔、北都の脳裏には最近の栢木の振る舞いが浮かんで眉を寄せる。

ずっと様子がおかしかったのは間違いない。

消えそうなくらい儚い栢木に見惚れていると箱を叩いて到着を知らせる合図が響いた。

コンコンと軽い音が箱の中で反響する。
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