陽だまりの林檎姫
北都の睨みを笑顔でかわし、北都の手荷物を奪うと馬車の方へ促すように手を伸ばした。

少し離れた場所に栢木が乗ってきた相麻家の馬車が待機してある。

北都はいつも駅で馬車を乗り捨て電車などに乗り換えするのがお決まりなのだ。

「お待たせしました。」

馬車の箱を軽く叩いて顔を見せ御者のダンに帰りを伝え、そしてすぐに扉を開けて北都を迎え入れた。

不機嫌そうに北都が乗り込むとダンが顔を出して栢木を労う。

「お疲れさん。今日もお手柄だな。」

「ダンのおかげよ。ありがとう。」

年季の入ったダンの目尻のシワが笑うことでさらに深くなった。

その表情に満たされると、すぐに自分も乗り込み素早く扉を閉める。

「お願いします。」

御者の背にあたる部分の壁を叩いて出発の合図を送り馬車はすぐに動き始めた。

動きだした馬車の中、少し距離を置いて栢木は進行方向とは逆、北都に向かい合う形で腰を下ろす。

ほんのりと鼻を掠める北都の香りにとりあえずの任務完了を心の中で呟いた。

馬車の中での会話は基本的にはない。

北都はいつも窓の外を眺め、何も話さずいつのまにか眠っている事が多かった。

どうやら既にその体勢に入っているようでこれからの会話は皆無だと雰囲気で悟る。

今日も不機嫌だったな、そんなことをぼんやりと考えながら栢木も窓の外を眺めた。

馬の蹄の音が箱の中にもよく響く。

規則正しく聞こえるその音はこの気まずい空気を和らげる唯一のもののようにも思えた。
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