陽だまりの林檎姫
普段ならもう一言返すところだが何となくその気も無くなり口を閉じてしまう。

「どうかしましたか?」

そこで会話をきられたと思い、黙っていた三浦に北都が呟いた。

「少し顔色が悪いように見えますが?」

視線は手元の紙面に向けたまま、珍しく北都が言葉を続ける。

いつも会話は三浦からの発信ばかりで北都は答えるだけだった。

これがマリーの言う変化かどうかは分からないが、最初は驚きで少し思考回路が止まったもののすぐに調子を取り戻して声を出す。

「いえ。…少し疲れが残っているのかもしれませんね。」

三浦の答えに納得したのか、紙面に集中しているのか北都の反応はなかった。

それはいつもの彼の姿だ、逆に言えばこっちの方が落ち着くかもしれない。

微かな違和感に捕われながら見つめていると、再び北都は顔を上げて目を合わせた。

「社長には承知しましたと伝えて下さい。」

「はい。確かに伝えます。」

三浦の返事を聞きながら広げていた紙をまるめて次は他の封書に手を付ける。

落ち着いた雰囲気、堂々とした態度、三浦の方がいくつも年が上の筈なのにそう思わせないものが北都にはあった。

それは三浦と北都の立場関係を考えなかったとしても同じだろう。

一体彼の中の何が彼という雰囲気を作り上げているのか。

初めて出会った時から北都に対する興味は薄れる事はなかった。

北都と初めて会ったのは三浦が相麻製薬に就職してから、まだ北都には社長の子供であるという認識しかなかった。

しかし現在の特別開発研究員という位置づけにされる理由は数年後に思い知らされる。

北都が開発したという新薬が学会で発表されるなり一躍時の人となったのだ。

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