陽だまりの林檎姫
本来ならここで寄り添うべき言葉をかけるのが一番だろうが栢木はそれをしなかった。

「そうでしたか。」

このままの距離で三浦と向かい合う、その選択は今の言葉だけで三浦に十分に伝わったようだ。

寂しげに微笑むと小さく息を漏らして何度も頷く。

「今日は栢木さんの様子を見にきたというのもありましたが、逆に私が元気をもらったみたいです。」

「え?」

「寝不足気味なのかもしれません。よく休んで挽回しようと思いました。」

三浦の爽やかな笑顔に栢木はつい今し方やってしまった寝坊という失態を鮮明に思い出して顔を真っ赤に染め上げた。

普通で考えれば有り得ない話にただ笑う事しかできない栢木から乾いた笑いが聞こえてくる。

「寝過ごしはお薦めしません…。」

「あはは、そうですね。十分に気を付けたいと思います。」

苦々しく告げた栢木に三浦は大きな声を上げて笑う。

こんなに自由に笑ったのはいつ以来だろうかと頭を過るが、それは今考える事でない。

「栢木さんに会いに来てよかった。」

改めて言われる言葉に栢木は表情で疑問符を投げた。

「純粋に、貴女に会うのを楽しみにしているんですよ。私は。」

まっすぐに栢木の目を見つめて熱のこもった視線を送る。

それを受けた最初、栢木は目を大きく開いたがやがていつもの調子を取り戻し営業用の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。」

どこでも誰にでも、彼女の社交用の笑みだと分かって三浦は観念したと首を横に振る。

どうやら望みは無いようだ。

「色々な意味で今日ここに来てよかった。」

そして栢木を見るなり意地悪そうに微笑んで口を開いた。

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