陽だまりの林檎姫
「お食事はともかく、特に好んで飲まれている珈琲に関してはミライが一番長けていますから。栢木はそれを習得しようと頼み込んだようですね。」

微笑ましいでしょうと言わんばかりの笑顔に対し、それでも理由が分からない北都は目を細めて視線を上に逸らした。

それが考えの姿だと知っているマリーは続けて口を開く。

「役に立ちたいんだそうです。」

マリーから聞いている言葉なのに、一瞬栢木から言われているような気がして心臓が鳴った。

自然と脳裏に栢木の姿が浮かび上がる。

「可愛いでしょう?」

まるで自分の娘か孫の成長を噛みしめる言葉に北都は思わずマリーの方に視線を向ける。

彼女はその言葉通り、幸せそうに微笑んでいた。

「栢木はずっとそうでしたよ?北都様が栢木の名前を呼んだあの日からは特に、意欲が増したように見えますけどね。」

やがて遠くからパタパタと走る音が近付き、そのまま足音を響かせて部屋に繋がる扉を開く。

「お待たせし…わっ!」

扉を開けたすぐ傍に北都が立っていたので栢木は思わず声を上げてしまった。

何やってるんだと目を細める北都に焦って栢木は即座に謝罪の言葉を入れる。

「す、すみません!持ってきました。」

大事そうに抱えた封書を受け取ると、その中から1つ抜き取って残りはもう一度栢木に返した。

どうやら欲しかったものは1つだけだったようだ。

「ありました?」

「ああ。」

北都の答えに満足そうに栢木は笑う。

その姿はまるでボールをくわえてきた犬のようで北都はまた呆れてしまった。

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