陽だまりの林檎姫
「マリー!ただいま!」

「良かったわ、無事に会えたのね。疲れたでしょう?」

奥で休むようにと、マリーは優しい笑顔で栢木を使用人用の食堂へ促した。

温かい飲み物を入れてくれるというマリーの優しさに安心したのか、一気に疲れが栢木を襲う。

「本当、疲れた。まるで毎日が採用試験みたい。」

「あらまあ。」

前の方からマリーの笑い声が聞こえてきた。

確かに栢木の台詞は冗談のように聞こえたが、それは栢木の素直すぎる気持ちだ。

マリーの斜め後ろを歩く栢木の表情は少し暗い。

この仕事の報酬はいい、待遇もいい、仲間もいい人たちばかりで何の不満もなかった。

そう、大した不満はない。

不満はないが、消えていかない霧のような気持ちはあった。

「今日も呼んでもらえなかったな。」

栢木が働き始めてかなりの月日が経つ。

しかしいつまで経っても呼んでもらえない名前、振り回される言動、それは自分の力不足な部分なのだと分かっていてもやっぱり辛い。

ボディガードはいらないと態度で示される毎日、そして時折感じる敵意を含んだ強い拒絶の眼差しがどうも栢木には心苦しいのだ。

不機嫌になりたいのは自分の方だと怒る気力がある内はまだマシなんだろう。

何度も言うがこの仕事は随分と待遇がいい。

大きな屋敷の、小さいけれど一室を与えてもらい3食も付いている。宿なしだった栢木にとって申し分なんてある訳がない最高の雇用だった。

食う寝るところ住むところ、さらには給料と全て揃うのだから有難い以外の何ものでもない筈だ。
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