陽だまりの林檎姫
「あっ!逃げる気ですね北都さん!」

微笑ましそうにマリーが見つめる中、完全に栢木の言葉を無視しながら北都は研究室を目指して進んでいく。

「聞いてるんですか、北都さん!?」

ちょうど研究室の手前に差しかかった頃、豪をにやした栢木が北都の前に廻りこみ大きな二つの目をしっかりと開いて北都の前に立った。

その距離は本人が思うより近い。

「お前、本当に貴族か?暑苦しい。」

「残念ながら本当です。外面の良さはお墨付きでしょう?」

感じたままに口にするのはいつもの事、それに栢木が噛み付いてくるのもいつもの事だ。

「これ以上は付いてくるな。」

「分かってます。」

北都は研究室の中には誰一人として入れた事がないのは有名な話で、長年仕えるマリーでさえも扉の向こう側は知らなかった。

だからだろう、無視してばかりの北都から声を聞けただけで満足したのか栢木はすんなりと道を譲った。

そして研究室の中に入っていく北都を仁王立ちで見送る。

「物好きもいたもんだ。」

栢木の話が本当ならば彼女に求愛か求婚した人物がいるということだ。

年頃の貴族の娘が仁王立ちで見送るだろうか、そんなことを思いながら思い音を立てて扉を閉めた。

軽いようで重い扉を閉める音はまるで世界を閉ざす音に思えて嫌に芯に響く。

「ふう…。」

何の感情か気力を失う息が漏れた。

世界を二分するか、それもあながち嘘ではないのかもしれない。

自分で閉めたわりにそう感じるのかと北都は自虐気味に苦笑いをした。

「あ、しまった。」

今日の夜は屋敷で食べることを伝え損ねていた事を思い出し、扉に手をかける。
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