陽だまりの林檎姫
言いようのない心境に陥りそうで北都は吸い込まれるように視線を落としていった。

どうしたというのだろう。

「北都さん?」

視線を上げれば北都の存在に気付いた栢木が振り返って不思議そうな顔をしていた。

北都と目が合うだけで優しい笑みを浮かべる、まだ慣れない栢木の素顔に戸惑うのはいつも北都の方だ。

「忘れ物ですか?」

そう言いいながら駆け寄ってくる姿に何故か北都は慌てて言葉を並べた。

「夕食は屋敷で食べると伝え忘れた。」

動揺を悟られまいといつも以上に毅然とした態度で対応する。

「はい。伝えておきます。」

北都の伝言を受けると栢木はその場で立ち止まりもう一度ふわりと微笑んで軽く頷いた。

それだけでもういい、北都はそれ以上何も言わずに今度こそ研究室の中へと入っていった。

再び重い音が世界を二分して切り離す。

研究室に灯りをともして受け取ったばかりの封書を手にした。

あまり見慣れていない藤の花模様の封ろうに目を細めて覚悟を決める。

ナイフで開けると中には達筆な文字で書かれた手紙が入っていた。

無言のまま目で文面を読み進めて深い息を吐く。

「感謝します。」

呟いた言葉は静かな部屋に吸い込まれてしまった。

流れるように2枚目をめくると今度は目を見開き、苦痛の表情を浮かべて天井を仰ぐ。

「…あの人は。」

1枚目とは違いごく短い文面にまとめられた言葉に盛大なため息を吐いて机の上に静かに乗せた。

少しずれて置かれた紙面2つの差出人はどうやら違う人物の様だ。

北都は腕まくりをして洗い場の方に進むと気を入れ直して手を洗い始めた。
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