陽だまりの林檎姫
丁寧に手を洗う水音が静かな研究室内に響いていく。

北都以外の気配がしないこの部屋の中で、2通の手紙が異質な空気を醸し出していた。



北都がまた屋敷を抜け出したのはこの数日後のことだった。



何度か訪れたことのある大きな講堂の中央辺りに座り、貰ったばかりの資料を広げて筆を走らせる。

横に座る中年の存在を僅かばかりに気にしながら北都が順調に言葉を載せていった。

しかし次第にその勢いは失いやがて筆は止まって固まってしまう。

筆先が少し遊び出したかと思うとそのまま机の上に置かれて休息に入ってしまった。

もうこれ以上は必要ない。

北都の思いが態度にも表れて腕は組まれてしまう。

「もうお終いか?先生。」

密やかだが太さのある声がかけられ北都は視線だけでその方向を捉える。

少し前から気になっていた人物が目に映り、彼の姿を眺めてゆっくりと息を吐いた。

長めの前髪と大きめの眼鏡で目元を隠し、大げさな髭で口元を隠す。

見るからに周りの層とは異なる形に北都は文句を言いたくなったが我慢をした。

「何やってるんですか、大公。」

「馬鹿モン、あの名前で呼べと言っただろう。」

「…逆に目立っていますよ、ミズキさん。」

北都に名前を呼ばれ、それまで前を向いたままだったミズキの顔がようやく北都の方に向く。

企みが成功したと嬉しそうに笑みを浮かべるミズキに北都はまたため息が吐きたくなった。

「なかなか面白い話じゃないか。なあ。」

「そうですか。」

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