陽だまりの林檎姫
本当のところは聞いているのかどうかも分からない。

壇上で熱心に講演を続ける人物を見つめると北都は静かに荷物をまとめ始めた。

「出ましょう。ここでは話が出来ません。」

「もういいのか?」

からかうような声に反応すると北都はミズキとしっかり視線を合わせて口を開く。

「はい。私には必要なさそうです。」

そう言うと後ろの出口に向かって歩き出しそのまま会場を後にした。

外は今日もいい天気だ。

追って出てきたミズキと共に会場の近くにあるカフェテリアに入り2人は腰を落ち着けた。

この店を選んだのはミズキだ。

「わっはっは。やはりカフェテリアはいいもんだな、先生!」

解放感からか大きな声を上げて笑うミズキに北都は不機嫌そうに眉を寄せて睨みを利かせる。

「お気に召して何よりです。ワタリ公爵。」

「冗談だ冗談!相変わらず冗談が通じないな、北都。」

大きなお世話です、そんな言葉を飲み込んで北都は視線を道路の方へとずらした。

「それで、今回はどういう理由でのお忍びですか?」

「おお。アレが最近機嫌が悪くてな。火の粉を浴びる前に逃げてきたのよ。」

「奥方様が?」

「もうこんなんで…。」

そういいながら両手の人差し指をたてて頭に乗せ鬼のフリをする、そんなミズキの様子に北都は言葉なく目を細めるだけで反応を示した。

こういった表現をするときは本当の理由でないことぐらい何回かの触れ合いで分かっている。

分が悪いと感じたミズキは咳払いをすると腕を組んで背筋を伸ばした。

< 95 / 313 >

この作品をシェア

pagetop