陽だまりの林檎姫
ミズキの言うアレが彼の奥方を指していることは北都も分かっている。

「ありがとうございます。」

それしか言葉が見つからず、北都はカップを皿の上に戻した。

言いようのないくすぐったい気持ちで何だか落ち着かない。

「調子はどうだ?儂の方にも少し後遺症が残っていてな、お前もだろう?」

そう言いながら珈琲を飲むミズキに頷くと北都は昔の記憶を思い出しすぐに言葉を返した。

「はい。しかしタータン先生は次第に消えていくと仰っていましたから。」

呼んだ名前の人物を浮かべて2人は同時に目を細める。

「そうだな。儂も殆ど良くなった。とは言えまだ薬は手放せないがな。」

ミズキの言葉を受けたと同時に北都のポケットの中で何かが音をたてた。

それが何かは確認しなくても分かる、まさに今ミズキが語った薬なのだと北都は渋い表情をした。

ミズキが言う様に確かに手放せない薬だ。

発作はいつ来るか分からない、だからこそ今もこうやって常に手元にある状態にしている。

「本当に、ミズキさんとタータン先生には感謝しています。」

今の自分の状況を顧みて北都は改めて感謝の思いを口にした。

「何を言うか。それはこちらの台詞だ。北都、お前が開発してくれた薬のおかげで儂は生き延びているんだぞ?感謝してもしきれないのはこちらの方だ。」

「そんな。」

訂正しようとする北都を手で遮りミズキは首を横に振って言わせないようにする。

「お前がその身を削って作り上げた薬は儂ら以外に何人もの命を救っている。容易く成し遂げられることではない。」

確かにそれは事実として残ったものだった。

そしてその結果を明らかにするかのように相麻製薬はたちまち大企業となりその名を広く世間に知らしめていったのだ。

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