陽だまりの林檎姫
しかし自分の気持ちが追いつかない変化に北都はますますその口を閉ざしてしまった。

「薬を開発したとはいえ私に治療を受けさせてくれたのはミズキさんです。私の願い通り、社長にまで伏せてくれました。」

「お前の命が惜しかっただけのことだ。」

当時の状況を思い出したその言葉に北都は苦々しい表情を浮かべ目を細める。

「お前ならまだまだ人の命を救う薬が作れる筈だからな。そんな優秀な人材を失う訳にはいかん。」

「いえ。私にそんな力はありません。あれは環境が生み出したものです。」

「北都。」

前とは違い今度は北都がミズキの言葉を遮って首を横に振った。

「一度限りの奇跡ですよ。」

強い思いは態度に現れミズキと正面から向き合ったまま丁寧に言葉を告げる。

これはずっと北都の中にあった揺るぎない思いだったのだ。

「…まあいい。ところでお前が言っていた時期はそろそろだろう。」

観念したミズキは話題を変えようと北都に言葉を投げかけた。

「宛は出来たのか?」

「…そうですね。」

伏し目がちに答えた姿はミズキの予想とは違うものだったらしい。

目を丸くし、何度も瞬きを重ねるミズキの様子に気付いた北都は眉を寄せて疑問符を投げた。

「ああ、いや。今までとは随分と様子が違ってな。」

「様子ですか?」

「おお。宛は無くともそんなことは関係ないと言わんばかりに答えていたお前が言葉を濁すからな。どうした、怖じ気付いたのか?」

強い関心を引いたようで興味津々なミズキは机に腕を乗せ前傾姿勢で聞き出そうと体を寄せる。

何となく面倒くさそうな予感がした北都は少し体を引くと嫌そうに答えた。

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