イジワル上司に甘く捕獲されました
始まりの一歩
「……美羽ちゃん、本当に帰っちゃうんだね……」

荷造りが進む私の部屋をぐるりと見回しながら、真央が悲しそうに言った。

「……うん、ごめんね。
いきなり来て、いきなり帰っちゃって……」

段ボール箱にガムテープを貼りながら私が言うと、真央は肩をすくめて小さく笑った。

「……仕方ないよ、仕事だもん。
でも、やっぱり寂しいかな。
久しぶりにお姉ちゃんと暮らせて楽しかったから。
……小さい頃を思い出しちゃった」

涙目で私を見る真央を、ギュッと抱きしめて。

「……私も楽しかったよ。
札幌で暮らしていけたのは真央がいてくれたからだよ」

「うそ、瀬尾さんでしょ?
……ママが知ったらビックリするからね。
朝帰りしすぎだから、本当に。
昨日もだけどっ。
いっつも夜中に、朝に帰るとか連絡するのやめてよね」

顔をしかめながら言う真央の鼻を悪戯につまんで。

「お互い様でしょっ」

顔を見合わせて笑う。

……真央がいてくれて良かった。

本当に心からそう思う。

私一人ではこの仕事はこなせなかっただろうし、何よりも潤さんには近付けなかった。

……彼女にはなれなかった。

いつもいつも。

そっと、時には強引に。

私の背中を押してくれる真央がいてくれたから、私は頑張れた。

引っ越しを明日に控えた水曜日の夜。

実家まで荷物を運んでもらうには丸二日かかるため、来週からの出勤に合わせると明日に引っ越しをしなければならなくて。

殆どの荷造りは済んでいて、最終的に出してあったものを詰め込んでいる。

真央は早く帰宅してくれて、明日も手伝ってくれることになっている。

……潤さんは今朝早くから稚内に出張していて、帰宅は深夜か明日になるらしく、お別れは慌ただしくなりそうだ。

正直本当に寂しいけれど。

その代わりにと。

昨夜、二人で一緒に過ごすことができた。

温かい潤さんの胸で何度も抱きしめてくれた。

普段は整いすぎていて近付きがたい程の外見なのに。

私を呼ぶ声は瞳はいつも優しく甘くて。

あどけない潤さんの寝顔を見ることも、私を抱きしめながら眠る潤さんの規則正しい寝息を聞くことも。

私の髪をすく長い指も。

彼を感じる香りも。

しばらくお預けになってしまうけれど。

……約束したから。

私に贈ってくれた指輪とブレスレット。

その気持ちを信じているから。

きっと大丈夫。

私は潤さんとこれからも歩いていける。
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