イジワル上司に甘く捕獲されました
引っ越し当日は朝から綺麗な青空が広がっていた。

風は少し冷たかったけれど、ここ数日は粉雪が舞うこともなく、アスファルトが殆ど乾いていて。

気温も上がっていた。

潤さんはやはり戻れなくて、今日戻るということだった。

……もしかしたらすれ違いになってしまって、会えないかもしれないけれど。

私は両手を見つめる。

左手の薬指にはまる指輪、右手首のブレスレットが私を見守ってくれているから。

大丈夫。

考えたらジワリと涌き出てしまいそうな不安や寂しさを払拭するように言い聞かせる。

考え出して呑み込まれたらこの場で泣きじゃくってしまいそうだから。

……一生会えない訳じゃない。

電話だってできるし、お休みの時は会いに来れる。

そう約束したのだから。

今は少し離れるだけ。

試練だけれど、きっと意味がある筈。

……わかってる、わかってる。

転勤が決まってから幾度となく言い続けて言い聞かせた。

ほんの少しの気弱な気持ちにつけこむように気を抜いたら涌き出てしまう不安とどれだけ闘っただろう。

泣き出したい気持ちは今日までいつも抱えていた。

それでもこらえられたのは潤さんがいてくれたから。

泣き出しそうになる私を先回りして大丈夫だよって抱きしめてくれたから。

大好きだからって安心させてくれたから。

だけど。

今日から。

もう潤さんは私の傍にはいない。

私がしっかりしなくちゃ。

自分の足で立たなくちゃ。

青い空を見上げる。

少しでも明るい力を分けてもらえるように。

慌ただしい引っ越しにはなったけれど、業者さんもとても親切で。

真央も頑張ってくれて。

予定通りに作業は終了した。

「……気を付けてね。
本当に新千歳空港まで一緒に行かなくて大丈夫なの?」

涙目になりながらも、しっかり私の心配をしてくれる真央。

「大丈夫、大丈夫だよ。
……見送ってもらったら、私、絶対泣いちゃうもん。
それより、真央。
叔母さんに連絡はついた?」

「あ、うん。
さっき美羽ちゃんが管理人さんに挨拶に行っている時に電話がかかってきたよ。
札幌で美羽ちゃんに会いたかったって。
またいつでも引っ越してきてねって」

「……そっか。
ありがとう、真央。
私が直接電話かけれたら良かったんだけど、なかなか時間がなくて……最後の最後に真央に頼んで、叔母さんに挨拶してもらうことになっちゃってごめんね」

「ううん。
引っ越しは忙しいから仕方ないよ。
翔も今日、挨拶に来たがってたんだけど急用で来れなくなっちゃったからスミマセンって」

私は首を横に振る。

それから真央をギュッと抱きしめた。

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