イジワル上司に甘く捕獲されました
バスは定刻通りに空港に到着した。

私は荷物の預け入れと搭乗手続きを手早くすませて。

できるだけ機械的に事務的に自分が今、こなさなくてはいけない用事を済ませていく。

そうしないと、胸の奥にある悲しみや寂しさが音もなく溢れてきてしまいそうで。

考えないように。

気付かないように。

ここに、札幌に、潤さんに。

永遠に離れるわけじゃない。

だからきっと大丈夫。

だから。

早く早く、飛行機に乗って。

もう戻れない状況にならないと。

私は逃げ出してしまいそうになるから。

ギュッと鞄を握りしめて。

振り返ることなく。

検査場に移動しようとした時。

グッと腕を後ろに引っ張られた。

その時、漂った香りは。

私が今……一番会いたい人のものだった。

「……潤さん……っ」

背中に当たる温かな温もりと早い鼓動。

キュウッと締め付けられるように私の胸を痛くする。

できる限り踏ん張って、言い聞かせて、泣かないようにしていた涙が……こらえきれずに零れ落ちる。

振り返ってスーツの胸に飛び込むと、私を包む香りが一層強くなる。

「美羽……間に合った……」

はあっと大きな溜め息が頭から降りてきて。

いつもきっちり整えられている髪が少し崩れている。

綺麗な瞳には安堵の色が広がっていた。

私の涙を長い指でいつものように優しく掬ってくれて。

「……遅くなってごめん。
もっと早くに戻りたかったんだけど、なかなか終わらなくて……」

私が飛行機に乗り込むまでに新千歳空港に到着していなければと焦っていたらしい。

「……でも、会えたから。
ありがと……嬉しい」

顔を潤さんの胸に埋めたまま、泣きながら言う私に優しい笑みを浮かべて。

「……愛してるよ、美羽。
必ず会いに行くから。
……待ってて」

「……っ」

一生忘れられない告白と優しいキスをくれた。



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