片恋バレンタイン
片恋バレンタイン
俺を見てほしい
「たのむ。聞いてくれ」
真夜中の四時に勝手に電話してきて、俺の安アパートに押しかけ、目の前で土下座しそうな勢いで頭を下げるのは、同級生の小暮だ。
「……今何時だと思ってるんだよ、閣下」
小暮は、いつもなら「閣下じゃない」と怒るのに、今夜は真面目な顔でまたもや勝手に俺の「布団」をはぐ。ちなみに、本物の布団はタバコの焦げを作って絶賛外干し中、俺はこたつをひっかぶって寝ている。小暮の目……これは本気と見た。
「……俺、何かしたのかな」
うつむく小暮。俺は、眠い目をこすりながらあくびをして、とりあえず真横に転がっていた缶ビールの残りを一口飲む。……炭酸が抜けて苦いな。
「とりあえず、話せよ」
「昨日、何の日かわかるか」
「ああ、……14日。14日ねえ。俺の家のカレンダーには二月に14日はない」
「すまん、萌え系妹キャラのカレンダーにうつつを抜かしてるお前に聞くのが間違ってた」
「……お前、たたき出すぞ」
小暮は、やっとにやりとしたが、すぐに真剣な顔に戻り、ポケットから何かを取り出して、こたつの上に置いた。
「なんだ、これは」
「駄菓子だ。チ〇ルチョコ」
「何が言いたい」
「もらった。彼女から」
「……本命チョコが、これ?」
「そう、これ。どうして、こんな駄菓子を……って、笑うな!。俺は真剣なんだ」
肩を震わせて大笑いする俺を、小暮はきっとにらんだ。
「俺のこと、好きじゃないのかな、美菜」
「はあ、はあ、いひひ……悪い悪い。お前がな」
俺は、ねじれた腹の皮を戻すように腰をひねった。
「お前、美菜ちゃんに言っただろ。『バレンタインチョコなんて、買ってきたチョコ溶かして固めるだけだろ、どこが手作りなんだよ』って」
「それは……言ったけど、だからもっとちゃんとしたお菓子が欲しいって意味で……」
「それが悪いんだよ」
俺は、こたつからごそごそ這い出して、小暮の前にあぐらをかいた。そして、小暮がもらったチョコを指差した。
「たとえ市販のチョコを溶かして固めるにしたって、時間も余裕も必要だ。もちろん、気持ちもな。気持ちを読み取ってくれない彼氏には、買ってきたチョコを溶かして固めて、ラッピングして気持ちを込める手間も余裕もいらない、それこそ駄菓子で十分……美菜ちゃんは、そう言いたいんじゃないのか。だいたい、本物の手作りチョコなんて、カカオ豆から育てて加工するんじゃないかぎり、ありえないと思うぞ」
ぐっと唇をかみしめる小暮。俺は、ふいと横を向いて時計を見た。
「お、もうすぐ朝か。俺、今日はバイト早番なんだよな~。美菜ちゃんと一緒のシフトなんだよな~」
「な……」
「行けよ。俺、取っちまうぜ、美菜ちゃんを」
「渡さん!美菜!」
小暮は、チョコを握りしめて立ち上がった。そして、俺の方を向いて警告するようにうなった。
「美菜はおれのものだ」
「はいはい、早くお行きなすって、閣下」
「閣下じゃない!」
玄関というのもおこがましい「出入り口」の方へ、バタバタと走っていく音、ドアがばたんと閉まる音。
全てを背中で聞きながら、俺はタバコに火をつけて、煙を吐き出した。
「美菜ちゃん……なんで、あんな野郎を」
俺は、美菜ちゃんに片思いしている。バイト先に彼女が入ってきてから、三年間、ずっとだ。だが、彼女は俺を見てくれない。美菜ちゃんがそのチョコレート色をした瞳で見つめるのは、小暮だけだ。
「さて、起きますか」
朝の一服を済ませてから、俺はカーテンを開けた。そして、ひび割れた雲の向こうから沁み出す朝の光の中に、報われない恋の終わりを見ていた。
(了)
真夜中の四時に勝手に電話してきて、俺の安アパートに押しかけ、目の前で土下座しそうな勢いで頭を下げるのは、同級生の小暮だ。
「……今何時だと思ってるんだよ、閣下」
小暮は、いつもなら「閣下じゃない」と怒るのに、今夜は真面目な顔でまたもや勝手に俺の「布団」をはぐ。ちなみに、本物の布団はタバコの焦げを作って絶賛外干し中、俺はこたつをひっかぶって寝ている。小暮の目……これは本気と見た。
「……俺、何かしたのかな」
うつむく小暮。俺は、眠い目をこすりながらあくびをして、とりあえず真横に転がっていた缶ビールの残りを一口飲む。……炭酸が抜けて苦いな。
「とりあえず、話せよ」
「昨日、何の日かわかるか」
「ああ、……14日。14日ねえ。俺の家のカレンダーには二月に14日はない」
「すまん、萌え系妹キャラのカレンダーにうつつを抜かしてるお前に聞くのが間違ってた」
「……お前、たたき出すぞ」
小暮は、やっとにやりとしたが、すぐに真剣な顔に戻り、ポケットから何かを取り出して、こたつの上に置いた。
「なんだ、これは」
「駄菓子だ。チ〇ルチョコ」
「何が言いたい」
「もらった。彼女から」
「……本命チョコが、これ?」
「そう、これ。どうして、こんな駄菓子を……って、笑うな!。俺は真剣なんだ」
肩を震わせて大笑いする俺を、小暮はきっとにらんだ。
「俺のこと、好きじゃないのかな、美菜」
「はあ、はあ、いひひ……悪い悪い。お前がな」
俺は、ねじれた腹の皮を戻すように腰をひねった。
「お前、美菜ちゃんに言っただろ。『バレンタインチョコなんて、買ってきたチョコ溶かして固めるだけだろ、どこが手作りなんだよ』って」
「それは……言ったけど、だからもっとちゃんとしたお菓子が欲しいって意味で……」
「それが悪いんだよ」
俺は、こたつからごそごそ這い出して、小暮の前にあぐらをかいた。そして、小暮がもらったチョコを指差した。
「たとえ市販のチョコを溶かして固めるにしたって、時間も余裕も必要だ。もちろん、気持ちもな。気持ちを読み取ってくれない彼氏には、買ってきたチョコを溶かして固めて、ラッピングして気持ちを込める手間も余裕もいらない、それこそ駄菓子で十分……美菜ちゃんは、そう言いたいんじゃないのか。だいたい、本物の手作りチョコなんて、カカオ豆から育てて加工するんじゃないかぎり、ありえないと思うぞ」
ぐっと唇をかみしめる小暮。俺は、ふいと横を向いて時計を見た。
「お、もうすぐ朝か。俺、今日はバイト早番なんだよな~。美菜ちゃんと一緒のシフトなんだよな~」
「な……」
「行けよ。俺、取っちまうぜ、美菜ちゃんを」
「渡さん!美菜!」
小暮は、チョコを握りしめて立ち上がった。そして、俺の方を向いて警告するようにうなった。
「美菜はおれのものだ」
「はいはい、早くお行きなすって、閣下」
「閣下じゃない!」
玄関というのもおこがましい「出入り口」の方へ、バタバタと走っていく音、ドアがばたんと閉まる音。
全てを背中で聞きながら、俺はタバコに火をつけて、煙を吐き出した。
「美菜ちゃん……なんで、あんな野郎を」
俺は、美菜ちゃんに片思いしている。バイト先に彼女が入ってきてから、三年間、ずっとだ。だが、彼女は俺を見てくれない。美菜ちゃんがそのチョコレート色をした瞳で見つめるのは、小暮だけだ。
「さて、起きますか」
朝の一服を済ませてから、俺はカーテンを開けた。そして、ひび割れた雲の向こうから沁み出す朝の光の中に、報われない恋の終わりを見ていた。
(了)